ホルムズ海峡が静止する日

「電気が止まったら死ぬ?人はそれなりに対応します」と平和ボケした放言に各所からツッコミの嵐 - Togetter

上記まとめを見た。内容自体は、まあ、どうしようもないようなものなので読まなくて良い。
要約すると、「ホルムズ海峡が封鎖されて、石油がなくなっても電気が止まるだけで大したことないよね。
」「いや、電気大事だよ!命にかかわるよ!」みたいな話である。このやり取り自体には然程興味はない。

それより僕が疑問に思ったのは、何れの意見にしろホルムズ海峡が封鎖された場合に、日本国内の電力供給がままならなくなるという事が前提として語られていることだ。これは本当だろうか?資源エネルギー庁の各資料を元に考えてみたい。

中東地域から輸入している資源とは何か

まずは、中東地域からの一次エネルギー資源の輸入が停止した場合、なにが供給されなくなるのか確認する。
下記の図から、中東地域への資源の依存は、原油で約9割、LNG(天然ガス)が約2割、と言ったところだ。ホルムズ海峡の封鎖により、これらを失うものとする。

日本の化石燃料輸入先(2018年) 出典:貿易統計

日本の化石燃料輸入先(2018年) 出典:貿易統計
引用元:日本はどのような国から資源を輸入していますか?|日本のエネルギー2018|資源エネルギー庁

中東地域からの資源供給停止でどれだけの電力が失われるのか

次に国内の電源構成を見る。中東地域から輸入される資源は石油、LNGであるから、それぞれ石油火力発電、LNG火力発電に供給されるものとする。石油火力は電力量の約1割、LNG火力は約4割を占める。ここでは単純に、資源供給が減った分だけ、その資源を使った発電量が減るものと考える。
そうすると、中東地域からの資源供給が途絶えた場合、国内の電力量の内2割弱(17%程)を失うことになる。
(石油:0.1×0.9=0.09、LNG:0.4×0.2=0.08、計:0.09+0.08=0.17[%])

発受電電力量の推移 出典:資源エネルギー庁「電源開発の概要」「電力供給計画の概要」

発受電電力量の推移 出典:資源エネルギー庁「電源開発の概要」「電力供給計画の概要」
引用元 : 第2部 第1章 第4節 二次エネルギーの動向 │ 平成29年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2018) HTML版 │ 資源エネルギー庁

電気は止まるのか

当然だが、いきなり発電量が2割なくなれば電力供給は止まる。電力の供給と需要は常にバランスしているからだ。考えなければならないのは、この失うであろう2割の発電量を何らかの方法でカバー出来るのかどうかである。もし、カバーすることが可能ならば電気は止まらないし、不可なら止まるだろう。

まずは、国内の活動のみでカバー可能かを考える。現状のエネルギー資源と発電設備で2割を補うことができるだろうか。あまり深く考えなければ、可能であると思う。

容易に思いつくのは、原子力発電を利用することだ。前項の図を見て分かる通り、2011年以降その殆どが稼働停止している原子力発電は、元々国内の2割以上の発電量を担っていた。これを再稼働させることで、現状でも発電量の2割を補填することは可能だ。(廃炉予定のものを除いて、現在の国内の原子力発電設備容量は約3700kWであるため、フル稼働させれば年間3200億kWh。年間の総電力量が10000億kWhほどなので、2割カバーはなんとか可能だと思われる。核燃料備蓄も潜在的には2年分はあるらしい。)

参考:日本の原子力発電所の状況|資源エネルギー庁
参考:原子燃料の潜在的備蓄効果-2016年データを用いた推計結果-

ただ、「あまり深く考えなければ」と言ったとおり、原子力発電は非常にセンシティブな政治的問題を孕んでいるため、実現できるかは不明だ。(まあ、余程に切羽詰まればやるだろうが)

あとは、国外からの資源輸入によりカバーすることも考える。中東から輸入していた分の資源を他の国から輸入すれば良いのだが、量が量だけにすぐに契約するのは難しいだろう。石油にしろLNGにしろ、世界的な中東への依存度は依然高い。中東地域からの資源輸入が途絶えた場合、資源の奪い合いに対応できるかが肝であると思われる。ただし、最近は米国がシェール革命により世界的な資源輸出国になったため、しばらくすればバランスは取れるかも知れない。(中東と比べると圧倒的に埋蔵量が心もとないのでどう転ぶかは全くわからないが)

何れにしろ、国外に頼るのであれば、国内備蓄が尽きる前に対応しなければならない。現在の国内石油備蓄は約半年分で保たれているため、これがタイムリミットと言える。

参考:集計結果又は推計結果|石油備蓄の現況|平成31年/令和元年 6月分|資源エネルギー庁

まとめると、原子力発電所を再稼働し石油消費量を抑制しつつ、新たな石油輸入先を確保することで、電気が止まること自体は食い止められるだろう。

電気が止まる・・・そんなことより

これまで「ホルムズ海峡が封鎖されることで中東からの石油輸入が途絶えると、日本の電気は止まるのか」を考えてきたのだが、そんなことより明らかに重大な問題が在る。下記は、国内のエネルギー資源がどのように分配されるかのフロー図である。

我が国のエネルギーバランス・フロー概要(2016年度)出典:資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」

我が国のエネルギーバランス・フロー概要(2016年度)出典:資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」
参考:第2部 第1章 第1節 エネルギー需給の概要 │ 平成29年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2018) HTML版 │ 資源エネルギー庁

これを見て分かる通り、石油の使用割合で言えば発電に用いられるものは少ない。最も大きな使用用途は、精製用原油であり、自動車、飛行機など運輸に使われる燃料にある。つまり、石油の輸入量が大幅に減った場合、打撃を食らうのは電気ではなく、物流である。

当然だが、自動車や飛行機はおいそれと燃料を変えることはできないため、石油燃料が絶たれれば物流を担う手段が残されていない。例え全てを電気自動車等に置き換えたとしても、次はその分発電量を増やさなければならず、それには発電所を倍増しなければ追いつかないだろうし、投入するエネルギーも倍増する。(どんぶり勘定)

つまり、石油が絶たれた場合、物流に関しては全くと言っていいほど取れる手がない

おわり

結局の所、電気が止まるにしろ物流が止まるにしろ、この国の一次エネルギー資源の国外依存[1]が大きいのは根本的な問題である。それはホルムズ海峡は封鎖されようがされまいが、潜在的に重大なリスクであることは疑いようもないし、そんなことは一般常識的にみんな把握していることだろう。この解決には国外依存そのものを最小限にすべきであって、逆に言えばエネルギー自給を如何に拡大するかが課題である。それは再生可能エネルギーや代替エネルギー(メタンハイドレートなど)の道を模索していくしかないのだろう。[2]それについては国がどう考えているかは、資源エネルギー庁のエネルギー白書2019「第3部  2018(平成30)年度においてエネルギー需給に関して講じた施策の状況」に書かれているので、興味がある方は一読しておいても良いだろう。

これが最適解なのかは、僕が浅学なため図りきれないが。


参考資料

エネルギー白書|資源エネルギーについて|資源エネルギー庁
統計・各種データ|資源エネルギー庁
エレクトリカル・ジャパン - 発電所マップと夜景マップから考える日本の電力問題 | 東日本大震災アーカイブ - 国立情報学研究所
石油取引の基礎知識 - Tokyo Commodity Exchange


  1. 個人的には核融合炉の実用化に期待したいところだが・・・、いや、ホントは相転移エンジンとか対消滅エンジンとか縮退炉とかがイイ! ↩︎

  2. 国内供給の9割弱は国外依存の化石燃料である。 1.どのくらいエネルギーを自給できていますか? | 日本のエネルギー2018 「エネルギーの今を知る10の質問」 |広報パンフレット|資源エネルギー庁 ↩︎